育て達人第113回 広瀬 正史

15年飛行の衛星データで雨の未知に挑む   気象学は人間に関わる身近な自然科学

理工学部 広瀬 正史 准教授(衛星気象学)

 午後からの野球が雨で中止のイカ丸はがっかり。理科子先生に「陸は海に比べ、午後に雨が降りやすいらしいわ」と言われ、その理由を調べに名城大学の広瀬正史准教授を訪ねました――。読売新聞の子供向け科学欄「ふしぎ科学館」(1月19日夕刊)に掲載された記事です。イカ丸の直撃取材を受けた理工学部環境創造学科の広瀬准教授に聞きました。

――イカ丸は本当の名城大学に現れたのですか。

熱帯降雨観測衛星(TRMM)のデータ分析を続ける広瀬准教授

熱帯降雨観測衛星(TRMM)のデータ分析を続ける広瀬准教授

 1997 年11月に日米共同で鹿児島県種子島から打ち上げられた熱帯降雨観測衛星(TRMM=トリム)の15周年記念シンポジウムが昨年11月、東京で開かれました。TRMMの長期にわたるデータの蓄積で、地球全体で降る雨の3分の2以上を占める熱帯?亜熱帯域の降水に関する解明が飛躍的に進みました。雨は、海では深夜から明け方、大陸では午後に降りやすいことも明らかになりました。私も大学院時代からほぼ15年、TRMMの送ってくるデータと付き合い研究を続けています。イカ丸の記事はシンポジウムを取材した読売新聞科学部の女性記者さんが興味を示し、書いてくれました。

――工学部航空宇宙システム工学科を卒業されていますが、宇宙にあこがれたのですか。

 子供のころ、何かの専門家になりたいと思いましたが漠然としていました。小学生の時に作った「20歳の時に開ける新聞」には、「何かやりたいことを君はもう見つけたかな」みたいなことを書いていました。大学で選んだ分野が、空気の力を利用して飛ぶ飛行機でした。飛行機技術の世界も面白かったのですが、飛行機の運航は気象条件に左右されることに興味を持ちました。地上で天気図を見ながら、嵐を避け、燃費を良くする運航状況を考えたりするディスパッチャー(地上のパイロット)という仕事もいいなと思うようになりました。大学院からは、方向を変えて気象の勉強を始めました。

――教育?研究への取り組みでは、降水活動の多様性と衛星観測データ活用の可能性追究を挙げていますね。

 雨はすごく身近ですが、未解明の課題がたくさんあります。TRMMによって新しい発見がたくさんありました。TRMMはいくつかの観測センサーを搭載していますが、特にPRというレーダーは世界に1基しかない精度の高いレーダーで、いろんな高さの雨をより的確にとらえることができます。この観測データで、場所によって雨の降り方が全然違うことも明らかになってきました。ただ、低軌道衛星は1日1回くらいしか観測地点上空を飛びません。最初の3年くらいでは、サンプリング誤差が大きすぎて検出できなかったことが、10年以上も飛び続けたことでいくつも見えてきました。衛星は普通、3~5年で寿命が尽きますが、TRMMは小惑星探査機「はやぶさ」のように延命措置等をすることによって15年も飛び続けました。さらにあと1年くらいは飛べそうです。

――東日本大震災ではTRMMによって津波の様子も分かったのですか。

 それはTRMMでは分かりませんでした。ただ、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が運用する地表面を観測する衛星が次々にデータを送り、解析結果がウェブ上にアップされました。浸水の状況も画像として公開されました。3週間後にはどれくらい水が引いたとか、地震で地表面がどれくらいずれたとか、そういう情報もどんどんアップされました。ただ、その衛星は震災の翌月には寿命が尽きてしまいました。今回の大震災では、原発事故も深刻で、セシウムの輸送?沈着を考えるうえで雨の情報も重要でした。衛星では雨の定常観測ができないので、地上観測が使われました。

――学生たちはどんな卒業研究や修士論文に取り組んだのですか。

 多数の地上?観測データを用いて降水気候値の不確かさを評価し、学会で発表した大学院生もいました。卒論で、梅雨がここ100年間くらいでどのように変わってきたかを調べた学生もいました。雨の降りやすい場所がどう移動しているか、雨の多い梅雨と少ない梅雨との違いなどです。衛星データは30年分しかありませんから、100年を分析するには地上データが必要です。日本では明治時代から観測データがとられています。それ以前の気候を復元するため、源氏物語とか古文書を調べている研究者もいます。古気候学の一部です。

――気象予報士にあこがれる若者が増えています。

 気象学が人間に関わる身近な自然科学だからかもしれません。昔は哲学者が自然科学について調べました。素朴に何だろう、どうやったら説明できるだろうかといった題材が身近にたくさんあるからだと思います。上空の気温と水蒸気によって形成される雪もそうです。技術や科学がダイナミックに発展しつつある分野であることも興味を駆り立てるのでしょう。気象に限らず、不思議だなと思ったことをどんどん追究してみる姿勢が大切だと思います。

広瀬 正史(ひろせ?まさふみ)

岐阜県瑞穂市出身。東京都立科学技術大学(現在は首都大学東京)工学部航空宇宙システム工学科卒。名古屋大学理学研究科地球惑星理学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。JAXAでの3年間の研究生活を経て2007年から名城大学理工学部に。助教を経て現職。名城大学でスタートした「21世紀型自然災害のリスク軽減に関するプロジェクト」にも参画。

  • 情報工学部始動
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