育て達人第183回 蓑輪 明子
保育士の労働実態調査で脚光 メディアも注目の女性労働の研究者
経済学部経済学科 蓑輪 明子 准教授(女性労働論)
2018年3月、名古屋市内の認可保育所で働く保育士たちの労働実態調査の結果が大きく報道されました。見出しは「サービス残業 月13時間」。働き方改革が叫ばれる中、本学助教時代に精力的に調査し、記者会見して発表した蓑輪明子准教授は一躍脚光を浴びました。
調査は世の中にインパクトを与えましたが、その後の展開からお聞かせください。
保育士の労働実態がひどいとそれまでも報道されていましたが、調査によって、残業代未払いなどの実態を数字で示し、可視化したことが大きなインパクトを与えました。この調査結果は多くのメディアで報道され、話題になりましたが、その後、行政によって、いくつかの改善がなされたと聞いています。
保育の質向上には、労働条件の向上が不可欠ですね。
保育士はやりがいを感じる仕事ですが、その思いを利用して過重な労働をさせる。これを「やりがい搾取」と指摘する人もいます。この調査では、労働組合のほか、保育園の経営者や園長からも協力を得て、最終的には1万人以上の保育労働者がアンケートに回答してくれました。やりがい搾取を改め、保育士の労働条件を改善して、保育の担い手を確保しなければならないと考えているのは、保育士も園長も同じだったのです。多くの人たちの思いと協力があってこそ可能だった調査ですが、私も研究者としてできることを最大限やりました。保育士の労働条件の向上を図るという意味で、大きな仕事ができたかなと感じています。
なぜ保育士にスポットを当てたのですか。
元々は、女性労働や生活構造の研究をしていました。大学院時代は、日本の1910年から1920年代、ちょうど米騒動(1918年)があった時代の女性の働き方や家族の暮らし、それらに関わる政策を研究していました。博士号を取得した2010年ごろ、小さい子をもつ女性の就労率が上がって待機児童が増え、大きな社会問題になりました。保育園に預ける親たちも安心して働ける状況がないのです。そうした中で、母親たちの労働実態の分析をしていたのですが、保育士についても分析してもらえないかという依頼があり、私自身、女性も働いて子どもを社会全体で育てる社会をつくりたいと思っていたので、保育士の労働実態についても調査?研究に取り組み始めました。
次なる展開は。
これまで行ってきた保育労働の研究に加えて、困難を抱える子どもの保育の調査も始めています。貧困や心身の病気などで親に困難があったり、障害がある子どもなども、保育所に通っており、こうした子どもたちの育ちを支える保育システムについて、考えてみたいと思っています。それから、保育だけでなく、医療や高齢者介護などの労働についても調査?研究を行って、日本の主要産業になりつつある公共サービス部門全体の労働条件についても調べていきたいと思っています。
コロナ禍の研究への影響は。
保育士はエッセンシャルワーカーで、コロナ感染予防に努めながら保育をしておられますので、今は直接、お会いしての調査を控えています。電話やZoomなどでやりとりはしていますが、仕方ありません。政府統計などを用いてできる研究を行っています。それから、大学院時代の研究の続きで、1910?30年ごろまでの在来産業の女性労働についても調べています。こちらは史料を集めればできるテーマですので。
教育について伺います。どんなことを教えていますか。
経済理論、現代資本主義論、公共政策などの科目を教えています。実際に起きていることを取り上げながら現状分析をすると、学生はとても関心をもちます。
コロナ禍での変化、工夫、感想を聞かせてください。
前期は急に遠隔授業になったので、教材作りがたいへんでした。講義科目では、じっくりと深く考察できるよう、内容を工夫しました。また、リアルタイムで生じている問題を素材に、講義を組み立てる工夫も行いました。例えば、コロナ禍で雇用に悪影響が出ていますが、そうした問題に取り組む労働組合の方にZoomによるインタビューを行い、学生に動画を見せ、労働組合の役割を考察してもらったこともありました。毎回、授業の感想を寄せてもらうのですが、予想以上に真剣に取り組んでいるのがわかりました。
ゼミナールでは、WebClassの掲示板に受講生全員に感想や考察を書き込んでもらうのですが、対面授業の時以上に、一人一人の考えが分かり、理解が深まりました。
学生の反応は。
時間通りに受講し、まじめに取り組んでいる学生の多いことが印象的でした。学生の一人は「ここで頑張らないと人間としてダメになる」と言っていました。急な遠隔授業に適応するのに苦労しているようでしたが、中にはいろいろなソフトを駆使して学修成果を上げている学生もいて、成長ぶりには目を見張るものがあります。
デメリットは。
対面のゼミナール
遠隔授業をやってみて気がついたのは、対面での授業のほうが学生同士の支え合いがしやすいことです。講義でわからないことがあると、隣の学生にさっと聞いて教えてもらい、わかるようになる。ゼミでは、親睦を深めて信頼関係をつくるからこそ、腹を割って議論できるようになる。ぽつんとしている学生がいたら、先輩が声をかけて議論の輪に加わってもらう。遠隔授業でもいろいろなことはできるのですが、やはり対面授業でできることが断然、多いと思いました。今後、遠隔授業が続くとすれば、こうしたことをカバーする取り組みが大切になってくると思います。
教育信条は何ですか。
学生が卒業して、生きていく、社会に貢献していく上で、必要な知識やものの見方をきちんと身につけてもらうことに重点を置いています。私の研究テーマに関することでいえば、労働者としての権利や社会保障などのしくみなどは、生きていくために必要な基礎的な知識として重要だと思っています。しくみだけでなく、社会?経済の見方も重要な基礎知識だと考えています。授業の中で教えるだけでなく、何気ない、学校生活のひとこまの中で、そうした話をすることもあります。
学生へのメッセージをください。
せっかく大学に入ったのだから、大学生としてふさわしい勉強をして、社会から求められる力をきちんと身につけてほしいと思います。
日本の大学進学率は、およそ5割で、地域によってはもっと低いですし、女性の大学進学率も低い。大学に行っていない人すべてが大学に行きたかったわけではないでしょうが、経済的事情などから進学を諦めている人も少なからずいます。そうした中で、皆さんは勉強を続けています。
大学には少なからず、国が財政補助を行っていますが、その理由の一つは、大学卒の人材を社会が求めているからです。社会から求められる力というと、最近はすぐに企業で活躍する力だけを思い浮かべますが、それだけではありません。自分自身の生活を成り立たせ、生きていく力はもちろんですが、地域で貢献できる力、家庭で役割を果たす力、政治や社会について考えられる力、なにかと不可視化されがちな社会的弱者の存在に気づき、サポートできる力など、社会を成り立たせていくには、さまざまな力が必要です。高校を出てすぐに働くのではなく、時間的猶予を得て、さまざまな人たちの力を借りて勉強をしているのですから、大卒者にふさわしい、深い教養や知性を持った社会人になってほしいと思います。
特に今は、コロナだからと言って委縮することなく、感染防止対策を取りながら学生生活を過ごしてほしいと思っています。
趣味や気分転換法を教えてください。
最近の趣味は、お酒を飲むことです。飲み過ぎには注意していますが、ただ飲むだけでなく、本を読んで文化や歴史、現状を調べたりする。製造過程、それから、私たちに提供されるまでに多くの人が関わる過程も面白い。そうしたことを学びながらお酒を味わうのが、大事な気分転換法です。飲むのは、ウィスキーや日本酒など、さまざまです。
最近は忙しくてあまり行けていないのですが、温泉巡りも好きです。観光地ではなく、共同浴場があって、住んでいる人の暮らしに根ざしている温泉地をよく訪ねていました。群馬なら四万(しま)温泉、湯宿(ゆじゅく)温泉とか。各地の商店街巡りも好きです。最近は兵庫県明石市や富山市の商店街を訪ねました。温泉や商店街についても、やはり文化や歴史、現状を同時に調べて楽しみます。
最後に、この際、強調しておきたいことがあればどうぞ。
対面授業で話をする蓑輪准教授
ゼミの学生には、ホンモノの仕事ができる人になってほしい、とよく言っています。私は非常勤の仕事が長く、40歳でようやく、名城大学助教として常勤の仕事に就くことができました。教育や研究を頑張っても認められないのかもしれないと自信を失うこともありましたが、名城大学で採用された時、誠実に仕事をしていれば理解してくれる人がいるのだと思いました。
現在は、労働条件が厳しい仕事が多くあり、だからこそ、どうしたらうまくすり抜けていけるのかだけを考えがちになりますが、雇用形態を問わず、社会を現実に支えているのはホンモノの仕事です。だからこそ認めてくれる人もいるはずだと思います。安定した労働条件の仕事に就くことはとても大切なことですが、それだけにとらわれず、ホンモノの仕事を誠実にできる人になることも自らの課題にしてほしいと、学生には伝えています。
蓑輪 明子(みのわ?あきこ)
1975年、富山県生まれ。2010年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。一橋大学特任講師などを経て2015年、名城大学経済学部経済学科助教。2018年4月から現職。著書に『キーワードで読む現代社会』『図説経済の論点』など。唯物論研究協会、経済理論学会などに所属。