育て達人第192回 吉川 雅弥
Society5.0のセキュリティリスクを研究 世界初の暗号解析に取り組む
理工学部情報工学科 吉川 雅弥教授(計算機工学)
理工学部情報工学科を母体に4月に設置される情報工学部。そこに入学すれば世界最先端の暗号研究ができると聞いたら、胸がワクワクする学生がいるでしょう。それを担当するのが吉川雅弥教授。世界初の暗号解析を次々と成し遂げながら、Society5.0のセキュリティスペシャリスト養成に尽力します。
いよいよ情報工学部の新入生を迎えますが、期待の弁をください。
海外の学会で首にさげた名札を手にする吉川雅弥教授
情報工学の分野は多岐にわたるため、大学ではさまざまな科目を学びます。最初は、それぞれ別々のモノ(点)ですが、学年が進み、専門科目が増えてくると、それらが線でつながっていきます。そして、卒業研究では、それらが面となり、新しい課題の解決に挑戦します。そこは、誰も通ったことのない道。もしかしたら道すら無いかもしれません。さまざまな困難な事がありますが、それらを乗り越えて、ゴールにたどり着く(問題を解決できた)時の喜びはひとしおです。ぜひ、その喜びを体験してください。
どんなことを、どのように教えるつもりですか。
研究室では、配属されたら、最初に自分が興味を持った分野の最新の論文の調査(サーベイと言います)を行います。ここでは、当該分野でどのような技術が最先端で、どのような課題があるかを調査します。この調査の過程で読んだ各論文について、どのような貢献(利点)と課題(欠点)があるのかをまとめ、概要とともにゼミで発表してもらいます。そして、サーベイを通して、卒業研究のテーマ(解決すべき課題)を決めて、どのように解決していくか(提案手法)を試行錯誤しながら完成させていきます。提案手法が完成したら、どのような評価実験を行えば、提案手法の有効性を実証するのに十分なのか検討します。このような研究活動を通して、課題発見能力や問題解決能力を養うだけでなく、プレゼンテーション能力、プログラミング能力、各種測定器の取り扱い方など実用的なスキルを身につけて、技術者としての基礎を完成させます。
どのような人材に育ってほしいですか。理工学部就職?進路支援委員としての考え方も含めて。
2021年11月の学長と記者との懇談会で「Society5.0でのサイバーフィジカルセキュリティ」について発表する吉川雅弥教授
情報工学の分野は非常に変化の速い分野です。例えば、電気回路におけるオームの法則などの物理の法則は、50年たっても変わりませんが、現在使われている代表的なコンピュータ言語のほとんどは、新しい言語に置き換わっていると思います。そもそも50年前に今のようなインターネットの環境は存在しませんでした。そのため、この分野で最も重要なことは絶えず学び続けることであり、学ぶことが楽しく思えるような人材に育ってもらいたいです。また、大学(または大学院)を卒業(修了)した後は、社会に出て働くことになりますが、就職活動を始める前に、必ず入念な自己分析をしてもらいたいです。ここでは、自分がどのような人間なのかを、自分自身で分析するだけでなく、友人や家族など、自分をよく知る人にも聞いて、分析することが肝要です。
研究しているサイバーフィジカルセキュリティについて語ってください。
研究発表で使った世界初の解析実績のパワーポイント資料
内閣府が推奨するSociety5.0では、エッジ(フィジカル空間)でさまざまな情報を収集して、クラウド(サイバー空間)に上げ、それをクラウドで分析?学習して、AIの学習モデルなどを再びエッジに送ることで、さまざまな価値を創造していきます。Society5.0ではあらゆるものがインターネットでつながっているので、セキュリティの確保が最も重要な課題の一つです。このセキュリティにはいろいろなレイヤー(階層やレベル)がありますが、特に、AIに関連したセキュリティの研究に取り組んでいます。
※内閣府によると、「Society 5.0は、Society 1.0からSociety 4.0に続く新たな社会を指す」とされている。それぞれ狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)と定義され、社会はこのような順序で進化?発展してきたとされる。Society 5.0とは、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」と内閣府の『第5期科学技術基本計画』では定義されている。
具体的には。
AIに関連したセキュリティは、(1)セキュリティ対策にAIを利用する、(2)AI自身のセキュリティの2つのカテゴリに分けられます。(1)については、例えば認証や暗号に関して、攻撃?対策のどちらにも利用しています。現在、利用されている認証や暗号の方式は、理論的には安全(計算量的には安全)ですが、AIを利用した攻撃には脆弱(ぜいじゃく)です。また、(2)については、(a)AIが学習するデータが汚染(改ざん)される、(b)AIの学習モデルが盗まれる、(c)AIの判断から学習データを推定される、(d)AIの判断を誤らせるなどの脅威があります。(a)と(d)に関しては、AIが誤作動しますので、自動運転など生命の危機に直結する危険があります。また、(b)について、通常、AIの学習には多くのコストがかかるため、金銭的?時間的な損失に関係します。そして、(c)について、医療AIなどで、学習データを推定されることは、プライバシーの問題に関係します。安心?安全な社会を実現するためには、これらの課題を解決する必要があります。
本学では4月から「データサイエンス?AI入門」という科目を全学で始めます。データサイエンスについて持論はありますか。
データサイエンスの重要性は、既にいろいろな議論がなされています。一方で、データサイエンスにおけるセキュリティの重要性は、あまり議論されていません。例えば、有効な情報は、より多くの私的な情報を含んでいる場合が多く、そのようなデータを扱う場合、プライバシーの問題が出てきます。そのような問題の一つの解決策が、検索可能暗号です。通常、暗号化したデータから元のデータの情報を検索することはできませんが、特別な性質をもっている検索可能暗号を使えば、それが可能になります。つまり、データベースには暗号化した情報を保存しておき、その暗号化された状態で必要な情報を検索できれば、プライバシーの問題もある程度解決することができます。
また、研究内容とも重複しますが、データの解析やAIの学習時に、悪意あるデータが含まれていない(データが汚染されていない:ポイゾニング)のかも検証する必要があります。このように、データサイエンスを考えた場合、その周り(ペリフェラル)も含めて、その安全性を確保する必要があります。
研究者の道に進んだきっかけは何ですか。
学生時代に研究室に配属されて、その勉強会で遺伝的アルゴリズム(GA)を知りました。GAは、生物の進化を工学的にモデル化したアルゴリズム(算法)で、今は広く知られていますが、二十数年前には、まだそれほど知名度があるわけでなく、GAの工学的な応用に興味を持ちました。配属された研究室では、当時では貴重な並列コンピュータがあり、GAの並列コンピュータでの実装方法とその応用にのめり込んでいき、研究者になりたいと、その時思いました。
座右の銘や好きな言葉を色紙に書いてください。
研究上の金言を色紙に書いた吉川雅弥教授
特に座右の銘はありませんが、研究で重要だと思っていることは、「巨人の肩の上に立つ」です。Googleの論文検索サイトGoogle Scholarのトップページにも書いてある言葉です。元の意味は、先人の積み重ねた知見(巨人)の上に立つこと(利用すること)で、新しい知見を得ることができるというものですが、私はそれ以外にも意味があると考えています。それは、自分の研究も、巨人の一部になる、すなわち、後に続く研究者の役に立つよう研究結果をまとめることも重要と考えています。その点では、エジソンの「1万通りのうまくいかない方法を発見した」も、これに通じています。それは、後に続く研究者が、その1万通りを試す必要が無いからです。これらに関して、卒業研究で学生に「結果」よりも「考察」の方が重要で、「なぜうまくいかなかったかの理由」の方が、「なぜかは分からないけどいい結果が出た」より価値があると言っています。
趣味や好物を教えてください。
趣味の一つに読書があります。教員の間でも好きな人が多い森博嗣先生(工学者、作家)の作品や秀逸なブラックユーモアで有名な阿刀田高先生(作家)の作品が好きです。ただ、読み始めると最後まで完走してしまうので、次の日が休みの日でないと読まないようにしています。また、甘いものが好きで、研究室で、気分転換と脳への栄養補給と称して、チョコレートを食べています。
在学生や新入生にメッセージをください。
高校生までは生徒ですが、大学からは学生になります。学生は生徒と違い、「自律的に学ぶ」ことが重要です。この切り替えができないと、充実した大学生活が送れません。また、社会人になると時間が取れませんが、大学生の時は、比較的まとまった時間を取ることができます。現在はコロナ禍で海外には行けませんが、コロナが収束したら、海外に行って、いろいろな経験をしてください。
大学では自律的に学び、さまざまな経験を積んで、充実した学生生活を送ってください。
吉川 雅弥(よしかわ?まさや)
1972年、東京都生まれ。2001年、立命館大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2004年、立命館大学理工学部講師、2007年、名城大学理工学部准教授、2012年、同教授。IEEE、電子情報通信学会、情報処理学会、電気学会、日本知能情報ファジィ学会に所属。