大学概要【2024年度実施分】商業?社会科系教員を目指す学生の自主的学び
学部?部署共同
大学時代に経済学や経営学を修めた人が商業?社会科系教員になることは、子どもたちに多様な学びの機会を提供する上で極めて重要です。教育系大学出身者とは異なる視点からアドバイスできる教育者の育成を目指し、学生の自主的学びをサポートします。
ACTIVITY
2024年度 第1回 学びの夕べ(7月26日)
2024/07/30
本年度第1回の「学びの夕べ」を7月26日に開催しました。今回は本学職員として愛知総合工科高校に勤務しておられる澤田涼さんをお招きし、ご講演頂きました(学生参加10名)。
澤田さんは本学で社会科の教職免許を取得した後、本学の職員として就職され、勤務してこられました。本学が管理法人となっている愛知総合工科高校に派遣されると、教員免許を持っていることから、やがてそこで教鞭もとることになりました。つまり本学(および愛知総合工科高校)の職員であると同時に、総合工科高校の先生でもあるというわけで、教職課程の学生たちにとっては異色の経歴の先輩と言えます。
さらに澤田さんは進路指導を担当されており、その面からも貴重な講師と言えます。進路指導は、どの科目の先生であっても担当する可能性があるもので、しかも生徒の人生を左右する重要な仕事です。ところが、教員採用試験までの間にそのノウハウを訓練するということは、ほとんどありません。教職課程の学生たちは「もし自分が進路指導担当になったら」と、自分の身に置き換えて考えることで、澤田さんの話から多くのものを吸収できたはずです。
澤田さんは「連携」をキーワードに、これまでの自分の歩みの中でいかにそれが重要であったかを語られました。大学時代の留学経験で感じたピアサポーターによるサポートの重要性(学生同士の連携)、育児休暇等を円滑に取得するために教員同士が仕事をうまく割り振ることの重要性(教員同士の連携)、異なる科目の先生が協力して指導することで生徒の多面的視野を育成することの重要性(教員同士の連携)、校外実習などの際のPTAとの協力の重要性(PTAとの連携)などについて語られると共に、進路指導においては企業との連携が非常に重要であることを強調されました。各生徒に適切な進路をアドバイスするためには、(特に就職希望の生徒が多い場合)業界についての知識と企業との情報交換が不可欠となるからです。
学生からは、「もし自分の知らない業界や企業について聞かれたら、どうしますか」といった質問も出されました。これに対して澤田さんは、「知らないことは知らないと正直に言えることも大切。しかしプロなのだから、知らないだけで済ましてはいけない。『今は分からないけど、次回までに調べておくからね』と言って、つぎの面談までにアドバイスできるようにしておく必要がある」と答えていました。
先生と呼ばれる立場になっても謙虚でなければいけないということと同時に、教育のプロとしての自覚と責任を忘れてはいけないというメッセージのこもったお話でした。
2024年度 自主的な学びの成果としての教員採用試験合格
2024/10/17
本年度の当プロジェクトは、10号館1階の一室を経済学部からお借りして、そこを自主的な学びの拠点として勉強会を繰り返してきました。教職を目指す学生がほぼ毎日のようにそこで学び合い、また火曜日には、元商業高校校長の先生にお出で頂き、教員採用試験に向けたご指導、アドバイスを頂いています。当プロジェクトから教師となった先輩たちが訪ねてきて、アドバイスや情報提供してくれることもあり、この場所を軸にして教職関連の学びの活動が積み重ねられています。
こうした日常的な学びの積み重ねの結果として、本年度は経済学部の学生が複数の県の教員採用試験(高校商業)に合格しました。さらに経営学部3年の学生が愛知県の1次試験(高校商業)に合格し、来年2次試験に挑みます。ここ数年、毎年のように商業?社会科系教員を輩出できるようになっており、そこでは当プロジェクトも大きな力になったものと思われます。
商業?社会科系教員を育成するプロジェクトではありますが、学ぶ内容には理系の教職にも共通するものがあり、最近の勉強会には理工学部、農学部の学生も多く参加しています。分野の異なる学生同士の議論は、視野を広げることに大いに役立っています。教師という仕事は、専門の担当科目を教えるだけでなく、生活面も含めて生徒の人生に寄り添うことが求められるものです。そのためには幅広い視野と、人間としての包容力が極めて重要です。そうした資質を養う上で、教師を目指す学生が様々な学部から集って来る当プロジェクトは、いわば教師育成のインキュベーターになっていると言えるでしょう。
ここに集うメンバーを中心に、長野県の南木曽中学校の生徒の学習支援を行う活動も展開されています。これは社会連携センター主催のもので、当プロジェクトそのものではありませんが、こうした活動に関わろうとする学生を多数輩出しているという点でも、当プロジェクトの勉強会が大きな役割を果たしていることは明らかでしょう。
特別のイベントを繰り返すプロジェクトではありませんが、日常的な勉強会に大きな意味があるものですので、その勉強会の写真を添付します。
南木曽中学校の生徒指導に関わるフィールドワーク
2024/12/06
当プロジェクトに関わる学生の多くは、社会連携センターから紹介された南木曽中学校の生徒たちの学習指導をしています。主としてZoomを使っての指導になりますが、最初からZoomではなかなか打ち解けないので、9月5日に南木曽中学校を訪問し、体育館にて自己紹介やゲームなどを行い、親しくなったところで自主的に学ぶことの重要性や楽しさを説明しました。そこでの関係づくりを基礎に、後期にはZoomでの学習指導を行っています。
上記の訪問の後、学生は、木曽川水系の水力発電所建設に尽力した福沢桃介が建設工事の際の拠点とした山荘(今日、福沢桃介記念館として公開)を訪れ、南木曽と名古屋とが、木曽川を通じて繋がっていること、木曽川水系の電源開発が、その後の中部?関西地域の電力システムの礎になっていることを認識して帰ってきました(以上は、当プロジェクトそのものではなく、社会連携センター主催のプロジェクト)。
歴史的事実が今日の我々の生活といかに繋がっているかを伝えることは、中学生?高校生に学びの楽しさと深さを知ってもらう上で非常に重要です。特に南木曽中学校と名城大学が木曽川を通じて繋がっていることや、そこでの電源開発が今日の電力システムの礎になっていることなどは、南木曽中学校の生徒に歴史や地理の面白さを伝える上で、格好の教材と言えます。
生徒の心をつかむためのこうしたノウハウをより上達させるために、当プロジェクトでは12月1日に名古屋市の文化のみち二葉館を訪問する機会を設けました。ここは福沢桃介が、電源開発事業のパートナーであった川上貞奴(日本で最初の女優だった)とともに、政財界の人たちと商談をするために使用していた邸宅です。南木曽の福沢桃介記念館が電源開発工事のための拠点であったとすれば、二葉館は電力販売のための拠点です。この両者によって南木曽と名古屋が繋がっているという事実を、中学生にもわかるように説明できれば、それは生徒の学びの意欲を引き出すことになるでしょう。
こうした趣旨で学生たちは二葉館を見学し、その設立の意図や、電力への関心を呼ぶために工夫された建築上の特徴(ステンドグラスの多用や自家発電設備など)を学んできました。
尚、このフィールドワークには、毎週の勉強会で指導して下さっている野田先生(元?愛知商業校長)も同行されました。
2024年度 第2回 学びの夕べ(12月14日)
2024/12/19
12月14日、愛知商業高校の神谷徹先生を講師としてお招きし、本年度第2回の学びの夕べを開催しました(参加学生7名に加えて愛知商業?元校長の野田先生も参加)。
神谷先生は名城大学経済学部の卒業生です(2014年卒業)。学生時代は硬式野球部員で、大変な苦労をしながらも、厳しい練習と教職の勉強を両立させてきました。
愛知県の高校の専任教員になることを希望していましたが、新卒で教員採用試験に合格することはかなわず、まずは母校の半田商業高校で講師となり、教員としてのキャリアをスタートしました。その後、愛知県の採用試験を受験し続けて昨年ついに合格し、2024年4月から愛知商業の教壇に立つこととなりました。10年にわたって5校の講師を歴任しながら採用試験を受け続け、初志貫徹された方です。学生時代に部活と勉学をどちらも諦めずに続けたという経験が、先生の諦めない姿勢の土台となっているようにも思われます。
採用試験を受験しながらも、10年間、基本的には教壇に立ち続け、受験勉強だけに専念するということはしませんでした。「現場にいた方が良い」という判断だったそうです。その現場経験の中で多くの方と知り合えたこと、多くの場面に立ち会えたことが、教員になる上で財産になったようです。教員採用試験での面接では、様々な場面での対応について質問されますが、すべて自分自身の経験に基づいて、自信をもって答えられたとのこと。また、5校を歴任したことで新しい環境に適応することにも慣れており、愛知商業着任後も比較的スムーズにスタートできました。この点、新卒の人たちにはない強みだったと言えるでしょう。
なぜ10年も頑張り続けることができたのかとの質問には、「半分は意地です」との回答でした。「では残りの半分は?」と尋ねると、「やはり教員になりたかったから」との答え。その教員になりたいという気持ちの原点は、高校時代の二人の先生(担任の先生と野球部の先生。ともに名城大学出身)との出会いにあるそうです。二人とも親身になって指導してくれる先生で、神谷先生のその後の人生に大きく影響したとのこと。教員は、生徒の人生をも左右しうる責任ある職業なのだということを、あらためて痛感しました。
神谷先生は、「高校時代は身近な大人から大きな影響を受ける時期。そこで生徒と向き合う大人として、彼らを人として成長させられる先生でありたい」と言っておられました。教科指導をするだけでなく、若者一人一人の人間形成にも関わる存在として、教師というものを捉えているのでしょう。
質疑応答では、生徒への注意の仕方や公文書の提出の仕方などについて、具体的なアドバイスを聞くことができました。学生は心構えを新たにしたものと思います。神谷先生は形式的には新任教員ですが、ひとつひとつアドバイスされる際には、既に経験と苦労を重ねたプロフェッショナルの顔となっていました。