特集ファッションを切り口に現代社会における母親らしさ、
家族をとりまく社会の規範と逸脱について解明する

自分らしさと母親らしさの両立と葛藤
ギャルママ研究から考えるこれからの子育てと地域社会のあり方
2022年、本学と名古屋市は「名古屋市定住促進住宅の入居促進に関するモデル事業に関する確認書」を締結。その取り組みの一環として、2024年4月に子育て世代を支援する絵本サロンがオープンしました。建築学科の学生とともに絵本サロンの企画、設計から運営までを行う谷田准教授にお話を聞きました。高齢化や空室問題、子育て支援と向き合う、名古屋市定住促進住宅「一つ山荘 絵本サロン105」の取り組みです。
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人間学部人間学科
髙橋 香苗 助教
Kanae Takahashi
1989年福岡市生まれ。博士(情報コミュニケーション学)。明治大学大学院情報コミュニケーション研究科、民間企業での勤務、東京大学社会科学研究所特任研究員などを経て、2023年より現職。専門は家族社会学、文化社会学。社会学を軸に、家族、ファッション、サブカルチャー、メディア表象、ライフコースなど複数分野を横断した学際研究に取り組む。とりわけ、「ギャルママ」と呼ばれる母親たちの実践や葛藤に焦点を当て、ファッションという切り口から現代社会における母親らしさとは何か、家族をとりまく社会の規範と逸脱について研究。
ギャルママが研究者としての道筋を決めた
家族社会学、文化社会学を専門にしたきっかけは、人間関係への興味です。例えば、40人のクラスメートがいて、仲良くなれる人とそうじゃない人がいるのは、なぜだろう。小学生の頃から抱いていたそんな疑問を、明治大学で学ぶ中で再認識し、パーソナルネットワークについて学ぼうと大学院に進みました。2012年ごろは、派手なファッションやメークの「ギャルママ」と呼ばれる女性たちが注目されていた時期。調べてみると、一般的な母親同士の子育てネットワークには入らず、ギャルママは独自のネットワークを築いているという実態が見えてきました。同じ母親なのに、つながれる人とそうでない人がいる。私がずっと感じていたことが、母親の世界でも起きている。そこに興味を持ち、ギャルママ研究を始めることになったのです。必然的に母親や子育てについても研究領域となり、研究者としての道筋ができました。
類例がないファッションを切り口にした母親のあり方研究
ギャルママ研究の背景には、家族、とりわけ母親に対する子育ての責任や期待が大きい現代の日本社会の現状があります。近年、父親の家事?育児参加の重要性が取り沙汰されるようになり、確かに夫の家事?育児時間は増えています。でも、それ以上に妻の家事?育児時間が増えているのが実情。さらに、いじめや不登校、学力レベルなど、子どもをとりまくさまざまな問題の原因は家庭環境にあるという考え方も根強く、子育てにおいて家庭が担うものは際限なく増え続けているといえます。一方で、1990年代後半から、自分らしさを重視する価値観が社会全体に浸透。その結果、女性にとっても自分自身のキャリアや個としての人生を追い求めることが重要になってきました。しかし、子どもを育てている限り、母親という立場に求められる責任から逃れることはできません。母親たちには、「仕事も、子育ても」あるいは「自分自身の人生も、子育ても」という二重の頑張りが期待されるようになってしまいました。こうした状況の中で、人々は親として期待されるものと自分自身のあり方をどのように両立しているのか。この疑問の解明にも、ギャルママという切り口は有効でした。自分の好きなファッションをしているだけなのに「母親らしくない」と、周囲から白い目で見られる彼女たち。その裏側にある「母親とはこういうもの」というイメージの正体を探りたかったのです。母親たちの葛藤については、これまでにも多くの研究がなされてきましたが、学歴や仕事の有無などがフレームとして用いられることが多く、母親の外見やファッションについては議論されてきませんでした。背景に、女性の高学歴化や就業率の上昇に対する学術的な関心の高さがあったからです。そのため、ギャルママという現象が抱えるファッションや外見における自分らしさと母親らしさの葛藤、なぜ母親がギャルファッションをすることが異質な存在になりうるのかを既存研究では説明できませんでした。逆に言えば、ギャルママ研究とは、母親らしさや役割葛藤に関する研究の議論の外に置かれてきたものに照準を合わせることだったと思います。
母親向けファッション誌の比較検討とギャルママとの対話から見えてきたこと
研究は、博士前期課程の2012年から着手。まず、当時発売されていたギャルママ向けのファッション誌「I LOVE mama」を分析。博士後期課程では、さらに「VERY」や「LEE」「nina's」など一般的な母親向けファッション誌4誌を追加して比較しました。卒園式や入学式などのファッションについてスカートの丈や色使いなどの分析に加え、家事?料理?育児といった記事の内容構成からみる誌面の傾向、テキストマイニングによる雑誌の見出し語分析にも取り組み、それぞれが打ち出す母親像を明らかにしていったのです。そこで見えてきたのは、ファッションでは「自分の好き」を貫くギャルママが、家事においては手作りや節約を重視する保守的な価値観を持っていることでした。さらに、東京と大阪で、赤ちゃんから小学生までの子どもを持つ当時30代前半から後半のギャルママたち11人にインタビュー。専業主婦、美容系の専門職、アルバイトなど、多様な背景を持つギャルママたちに話を聞くと、雑誌研究との違いも見えてきました。彼女たちは、自分が好きなファッションを貫くことを、母親としては不適切だと捉えていたのです。幼稚園に行くときはカラコンを外し、靴や服装も控えめにするなど、意識的に母親としての役割を引き受けているようでした。好きなファッションで自由に生きているように見えるギャルママたちが、大正期の日本で生まれ戦後昭和の高度経済成長期を支えてきた近代家族における、自己犠牲的な母親像の呪縛にとらわれていたのです。また子育てにおいては、いわゆる学歴偏重の教育には関心がないものの、「子どもがやりたいことをやらせたい」という思いが強いことが判明。ファッションをアイデンティティーの根幹にして手に職を付けたり自分の生きる道を見つけたりすることで、学歴コンプレックスを実力で克服してきた彼女たちの自信の表れなのかもしれません。
これらの研究を博士論文にまとめ、2022年3月に提出。2024年には、『ギャルであり、ママであるー自分らしさと母親らしさをめぐって』というタイトルで出版しました。

多様な人々の居場所づくりの取り組みとして、学術展示「名城大学のD&Iを考えるフィールドワーク」を実施
ギャルママ研究をもとに考える育児の仕組みづくり、多様な人々の居場所づくり
今なお、母親や家族に求められる期待と責任が大きい社会。そこで2024年夏、家族が担う子育てを地域社会が支える取り組みの一つとして、ナゴヤドーム前キャンパス近隣の大型商業施設と連携し、地域のお子さんの学習支援イベントを行いました。私のゼミの学生たちが中心となって先生役を務め、子どもたちの宿題を無料でサポートしたのです。近年、家庭教育の重要性が強調される一方で、経済状況による教育格差も大きくなっています。その解消を念頭に、学生たちも同じく積極的に取り組んでくれました。地域で支える育児の仕組みとして、今後も継続して行っていく予定です。
また、大学祭では「名城大学のD&Iを考えるフィールドワーク」というタイトルで学術展示を行いました。ギャルママが異質な母親として認識されたことには、ギャルママがギャルママ同士で助け合う子育てネットワークの構築を促した側面がありました。裏を返せば、異質視される人々が孤立するという問題があります。そうした現状に対して、どのような属性や背景、価値観をもつ人でも、共に尊重し合うことができる居場所づくりが必要です。今回はジェンダーや性的マイノリティーの問題に焦点を当て、本学が多様な人にフレンドリーな場所であるためには何が必要かを学生とともに考えました。これからもさまざまなアイデアを出しながら、孤立や孤独を減らす取り組みを展開したいと考えています。

長期的調査で一人一人の人生の選択を追う「高卒パネル調査」
20年に及ぶ「高卒パネル調査」の継承と発展でギャルの再生産を解き明かしたい
ところで、若い頃にどのような経験をした人が、どのような親になるのでしょうか。この問いを、長期間に及ぶパネル調査データを用いた研究によって明らかにしたいと考えています。かつて私が在籍していた東京大学社会科学研究所が、2004年に高校を卒業した人々を対象に20年間にわたって追跡する「高卒パネル調査」を継続しています。親自身の経験が子育てに影響を及ぼすことはこれまでにも研究されてきましたが、懐古的なアンケートやインタビュー調査に基づいているのが現状です。一方、パネルデータを用いれば、過去の時点で収集した同一人物のデータとの検証が可能。例えば、高校生の頃に「高校は仕事に必要な技能を身に付けられる」と考えていた人は、子どもが大学に入ることを重要視していないという結果が得られています。こうした関連性は、18歳から20年間にわたって追跡調査しているからこそ検証できるものです。
社会科学研究所でこの調査を担当してきた教員の定年退職を受けて、日本学術振興会の2025年度の科研費に申請し、調査の継続を目指しています。私が引き継ぐからには、家族という視点を加えることが不可欠。過去の経験が子育て段階でどのように作用してくるのか。これまでの研究で得られた知見を社会階層論や文化的再生産論と接続し、ゆくゆくは「ギャルの再生産」についても解き明かしていきたいと考えています。
将来的には自動車図書館のようなモビリティ、「動く空間」にも関心があります。モビリティを活用して中山間地に都市の風を運び、中山間地が持つ資源を都市に持ち帰り伝えていく。双方向のやりとりを、移動する小さな仕掛けでできないか考えています。