日本語作家 温又柔(おん?ゆうじゅう)氏講演会
創作がもたらす力~私にとって日本語で小説を書くこと~
2022年11月11日、本学部において、台湾に生まれ日本で活躍する作家?温又柔氏による、講演会が開かれました。本講演は、外国語学部の人材養成目的にもある「アジアをはじめとする海外の事情に通じ、異文化や国際社会に対して深い理解力を持った人材の育成」を踏まえて企画されたものでした。温氏には自身の幼少期から説き起こし、小説家になるまでの経験談を通じて、「書く」こととアイデンティティの関係についてお話しいただきました。
はじめに
多言語社会の台湾に生まれた温氏は、台湾語や中国語など複数の「音」が混ざり合った環境で暮らしていましたが、三歳の時に来日し、日本語の世界と向き合うこととなりました。とくに幼稚園に入った当初は、日本語は、日本の子どもの社会に受け入れられるために必死にマスターしなければならない言葉でした。しかし小学校入学後は、自分の考えを記録できる「文字(ひらがな)」の魅力に取りつかれ、やがて「国語」が最も好きな科目だと自認するまでになります。ところが青年期に入ると、台湾人でも日本人でもない自らについて深く悩むようになりました。その状況から抜け出すために、自らのような人物を主人公にした小説を書き始めました。これが氏の執筆活動の始まりであったといいます。温氏は講演の最後を、言葉は決して万能ではないが、言葉を介してこそ人と人は出会うこともできる。だから言葉を大切にして、これからも自身の小説を求める人たちのために作品を書き継いでゆきたい、と締め括りました。
温氏×コメンテーター:鈴村先生(名城大学外国語学部)
その後、各コメンテーターが温作品の魅力を繙きました。まず、本学部の鈴村裕輔先生(比較思想?政治史)は、温氏の初の単行本である『来福の家』(2011)を取り上げました。鈴村先生は、言葉の「音」に触れた一節を引きながら、そこに言語の変化や発展の歴史、それを話す人々のあり様が映し出されていると述べました。また温氏は言語というモチーフにより自己と対話しているとも指摘し、温文学の最大の魅力は、人間を信頼し、言語を通して人間のあり方を真摯に問うところあると述べました。
温氏×コメンテーター:趙偵宇先生(南山大学)
南山大学の趙偵宇先生(台湾文学?本学部非常勤講師)は、『「国語」から旅立って』(2019)を取り上げました。趙先生は本書を、自分は何者かという問いや、自分の母国語/母語は何語かを探求するプロセスを描いた作品だと紹介しました。また自らの立場にひきつけて、台湾に生まれ育った台湾人も、母語や出自について解決し難いアイデンティティの問題を抱えていることに言及しました。そのうえで、こうした問いに悩みながらも向き合う本書の姿勢が、様々な立場の読者の共感を呼ぶとの見方を示しました。
温氏×名城大学生
フロアからは、渡邉芽依さん(4年生)から、「日本にいても台湾にいても『外国人』としての扱いを受けるうちに『“日本人のふりをしながら”日本語を書くことができなくなった』とはどのような意味か」「日本社会にいま伝えたいことは何か」との問いかけがありました。また、浅見詩織さん(4年生)からは、『台湾生まれ、日本語育ち』(2015)にある、「台湾語?中国語?日本語が混ざり合った『ママ語』とは温さんにとってどういう存在か」といった質問がありました。それぞれに対して、温氏から丁寧な応答がなされました。なかでも、日本に暮らす外国人について、日本語が流暢でなくとも、自分と同じ心をもつ人間だと想像することや、自分とは異なる価値観をまずは受け入れようとすることが重要だと述べられた点が印象に残りました。
おわりに
温氏が語る原体験を通じて、日本における多文化共生の問題に思いを致したり、「日本人」や「日本語」に内包される問題について、改めて考えさせられた人も少なくなかったのではないでしょうか。学生の皆さんが、今後の学びのなかで、言葉により思索し書く行為は自己形成に直結していること、表現言語の獲得は人間の尊厳に関わることに気づく機会が訪れるよう、願ってやみません。
【付記】
本講演に際して、ナゴヤドーム前キャンパスの付属図書館において、温氏の著書をはじめとする中華圏の日本語文学に関する展示が行なわれました。講演開催にご助力いただいたすべての方々に、この場をお借りして篤くお礼申し上げます。
(記録:豊田周子)
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