人、組織の可能性を発掘する方法論を研究?実践
本日は関係構築と共創実践について話し、最後に産官学連携に落とし込みたいと思います。私は大阪府池田市の生まれ育ちで、滋賀県大津市に住んでいます。名古屋までは1時間ぐらいですし、義理の両親が住んでいますので、時々来ています。大阪大学大学院人間科学研究科で、人間の可能性を発揮することに焦点を当てた心理学の研究をしていました。
卒業後はベンチャー企業に入って人材育成のプログラムづくりに携わり、その後は組織開発の仕事に移り、組織育成プログラムや組織変革プロジェクトの運営をしておりました。対象が人→職場→組織と広がる中で、より広く組織の外にも影響を与える取り組みがしたいと思い、2021年に立ち上げたのがミラツクです。一方で大阪大学大学院には教員という立場で籍を置くと同時に学生としても人類学の研究をし、博士論文を書いています。2017年には理化学研究所の未来戦略室で100年先を見据えて必要な科学領域を策定する仕事にあたらせていただきました。
人のことを扱う仕事をずっとしてきましたが、自然科学分野の仕事をする機会があり、その際に研究者の可能性に感銘を受け、研究者と社会をつなげたいと考えてつくったのがエッセンスという会社です。今は、NPO法人ミラツクと株式会社エッセンスという2つの組織で代表をしています。
トーンを揃え、異なる価値観?多様性を生かす対話(ダイアローグ)
NPO法人ミラツクはちょっと変わった組織です。NPO法人というと社会課題解決をミッションに掲げることが多いと思いますが、私たちは「すでにある、未来の可能性を実現する」というミッションを掲げ、社会のポテンシャルを引き出すようなことをしています。
最初にやったのは、2008年に始めた「ダイアログBAR」という関係性を構築するための場づくりです。15年前にこういうことをやると「なぜ話すためだけに集まるのか」「どうせなら何か学べばいいのではないか」と訝しがられました。しかし蓋を開けてみると、多くの人が繰り返し集まり大きな組織になっていきました。社会においてお互いが知り合う機会が不足し、その手法をみんなが知りたいと思っていたのです。
お互いが知り合う方法を学びたいという声が大きかったので、私たちは海外で農村開発をしているNGOの方々にご協力いただきました。資源が少ない地域で農村開発をするには、人のポテンシャルを引き出すしかなく、ポテンシャルを引き出して協力関係をつくる方法論を学びました。
ミラツクがどのような考えで活動しているかというと、私たちは対話(ダイアローグ)のプロセスを通して関係性をつくっています。デヴィッド?ボームという物理学者の著書にこんな一節が出てきます。
「彼らはただひたすら話すだけで、何の目的もなく話しているのは明らかだった。そこではどんな決定もなされなかった。その中にリーダーもいない。そして誰もが参加できた。他のものはより話に耳を傾けてもらえる賢い男か女-年長者だろう-がいたかもしれないが、誰が話してもよかった。会合は長々と続き、やがてまったく何の理由もなしに終わって、集まりは解散する。だが、そうした会合の後では、誰もが自分のなすべきことを知っているように見えた。というのも、その部族の者たちは互いに十分によく理解したからである。その後、彼らはより少人数で集まって、行動を起こしたり、物事を決めたりするのだった」
ちょっと不思議な感じがします。普通に考えると機能しそうにありませんが、私たちが重要視しているのはまさにこういったプロセスです。対話によって何かを決めるのではなく、「トーンを揃える」ことをやります。なぜなら私たちの職員は「すでにある、未来の可能性を実現する」というふわっとしたミッションのもと、多彩なバックグランドをもつ方々が集まっているからです。そんな中で動くのに必要なのは指示命令ではなく、いかにトーンを揃えるかということ。そのためには決めごとよりお互いを知り合うことが重要です。
異なる立場や価値観?多様性を生かすプロセスとして対話は有効で、決めごとをするのとは違い、お互いの感覚を揃えるプロセスなのです。このプロセスを飛ばし、無理に動こうとする場合は強いリーダシップや明らかな目標が必要になります。
内発的動機にもとづく行動は人間の成長欲求の一つ
外の何かで引っ張っていくのではなく、自分たちの内側にある内発的動機にもとづいて行動するというのはまさに人格心理学の領域で、有名な研究者マズローの「人間は自ら成長することを求めている」という仮説にもとづいています。自己実現や真、善、美、正義などは人間の成長欲求であり、人間は命令されなくても自分のよしとするものに向けて動いていきます。であれば、内発的動機を解き放ってあげることが関係をつくり、組織を前に進めるために必要なのです。
もう一つ面白いのが、モチベーションのアンダーマイング効果という実証的な研究です。人間は元来自分自身の興味関心?内発的動機に向かって動くのですが、チームのため報酬のためといった外発的動機に向かって動いていると、だんだん内発的動機が失われていくことが報告されています。
普段私たちはいろいろな外からの要求に応えながら動きますが、外からの要求に応えれば応えるほど自分で動けなくなるのです。どうすれば内発的動機にもとづいて動き続ける組織をつくり、それを自分たち以外の組織とも一緒にやっていけるかということが私たちの挑戦です。ですから、私たちは誰かと共創するときは対話を通してお互いのトーンを合わせます。指示命令ではなくて、耳を傾け、課題を再設定し、自己選択の機会をおくのです。
ここで一つ重要なのは、関係構築するプラットフォーマー側から見ると「つなげる」という感覚であっても、「つなげる」と「つなげられている」は違うということ。自分たちのものの見方と受け取る側の見方は違うので、いかに受け取る側の見方で関わっていくことができるかは重要です。
アメリカ人のウィリアム?アイザックスという研究者が関係性を築くステップを構造化して説明しています。トーンを揃えるには順番があるんです。ステップ1は「情報の交換」。自分の情報を開示します。ステップ2は「意見の交換」。自己開示して自分の意見を述べる。ステップ3は「感覚の共有」。心地いいと感じるか、面白いと感じるかなど感覚はグラデーションで対立するものではありません。最後はステップ4「意思の共有」。感覚にもとづいて、自分はどうするか表明したり行動したりして共有します。このプロセスを経ることで、関係性が静かに構築されていくことが報告されています。私たちも関わる方々とこういったプロセスを通して関係性をつくっています。
オープンイノベーションによる課題解決
ここまでは関係性構築の話ですが、関係性を構築したら次は何かを生み出したい。では、どうしたら何かが生まれるのかというのが次の問いです。
もう7年前ですが。ヨーロッパでリサーチプロジェクトをやりました。そのときに興味をもったのはオープンイノベーションです。今では普通の言葉ですが、当時は分かるような分からないような言葉だなと思って、ヨーロッパに調査に行きました。背景としては、自前主義で企業が新しいものを生み出してきた時代から、課題を外に出して解決できる人を探す時代に変わったこと。課題をオープンにし、リソースをオープンにし、新しいものを生み出す取り組みがオープンイノベーションとして提唱され広がりました。さらに1対1の関係ではなく、もっと広く開くのがエコシステム型のオープンイノベーションです。
当時ヨーロッパには、オープイノベーションを実践するリビングラボといわれる場が400カ所ほどありました。その中から特にうまくいっている場所をピックアップし、フィールドワーカーとして調査しました。そこから見えてきたのは、「中立的で他者を勇気づける関わり方をする」とか「未知の領域に踏み込んで多くの人と出会う」といったことです。「場」をつくるというとその場に留まった方がいいという考え方もありますが、留まるのではなくいろんなところに出かけて何かをもち帰ってくるような人がオープンイノベーションを支えていました。
もう一つ面白いのは、「未来を見据える視野が大切」ということです。例えば、人口減少という課題がありますが人口は減少しても増加しても問題が発生します。であれば、課題はなんなのかを問い直すことが求められます。課題は現状に対する理想とのギャップであり、社会構造を変えないと解消しない。理想を実現する方法を考え、社会構造を変えるための長期的な視野をもつことが課題解決に必要なプロセスです。ただし、完全なユートピアをつくることはできないですし、完全な構造変容もできません。ですから、課題解決には「理想と変容を追求する挑戦を生み出し続ける活動」が求められます。つまり最初の話に戻って、イノベーションを起こし続け、理想と変容を追求する挑戦を生み続けるリビングラボのような「場」が必要なのです。
可能性の未来にフォーカスする「新結合」はイノベーションの源泉
それでは、理想的な未来とは何だろうというのが次の問いです。オーストラリアのジェセフ?ボロスという理論物理学者が、未来の不確実性を「フューチャー?コーン」という図で分かりやすく説明しています。
現在から見た未来の不確実なものを、不確実とはいえ今の延長上にあるものからほとんど不可能なものまで幅をもたせています。そこにあるのは「時間軸の未来」ではなく「可能性の未来」。時間がただ過ぎていってもそれは未来(未だ来ていない時間)ですが、変容が起こったときに未来だと思う。それは可能性の未来(未だ来ていない事象)です。この今とは違う可能性の未来を理想の未来として描きたい。今と一緒だったらギャップは解消しないままです。では可能性の未来はどうしたら描けるでしょうか。
オーストラリアの経済学者ヨーゼフ?シュンペーターが著書「経済発展の理論」の中で提唱しているのは新結合です。目の前のものを見るとき、一部の人は目に見えるものをまったく違う捉え方で見ています。他の人は気づかず現実的には存在しなくても、一部の人の心の中には新しいものの見立てが生まれていて、それを新結合と呼びます。例えば目の前にコップがあって、コップはドリンクを飲むためのものだという見方をするとコップはドリンクとつながります。けれど、コップではなくてペン立てだと見立てた場合、ドリンクではなくペンとつながる。ものは変わっていなくても、新しい捉え方をした場合につながるものも変わります。
新しいものを生み出すというのは、新しい見立てをするということなのです。この新しい見立てを実行する人をイノベーターとかアントレプレナーといいます。私たちがやるべきことは、目の前にあるaとbをくっつけて何ができるかということよりも、何かほかの見立てができないかとディスカッションすることです。
人口減少の問題もそうで、人口が減って空き家が増えて困っているという課題があるけれど、人によっては空き家に新しい見立てをし、新しいことを始める人がいる。そのサポートをするのが私の仕事です。今までにないものの見方?捉え方をすることは、可能性の未来にフォーカスし、新しいことを生み出す源泉になります。
未来創造と課題解決を自然に生み続けるための産官学連携
物事に対して新しい見立てをするのは簡単であり難しいことです。自分が見聞きしている情報によって私たちの想像力は変わります。「かもしれない」の幅を広げたければ、今までにない情報を目の前におくことが必要です。
人は情報に影響を受け想像したり行動したりしますが、そこに罠があるのが最近の課題です。情報化社会の中で同じような情報ばかりが手に入るアルゴリズムに囲まれ、自分の触れているものが世界のすべてと思いやすい環境があります。手に入れることができる情報が爆発的に増加した一方で、目にする情報は圧倒的に収れんしている。そんな中でどうやったら想像力を広げられるかという勝負をさせられています。
情報のアルゴリズムに悪気があるわけではなく、人間の脳は新しい情報を得ることに負担を感じるのです。バイアスの問題もあります。正常性バイアスでは、人は危機が目の前に迫るまで危険性を認めようとしない傾向があります。脳は変化の兆しより継続の兆しを重視してしまうのです。そんな特性を理解し、立ち止まって情報に当たることが必要です。
立ち止まって情報に当たる方法はいくつかあり、ミラツクの場合はフィールドワークを用いています。目の前にあるものの記録をとり、なかったことにしない。情報を獲得し、あると確認し、情報をもとに活動する。そのために現場に行って記録をとるフィールドワークをやっています。
そして、現地に行かずしてどう情報を得るかに挑戦しているのがエッセンスです。エッセンスでは研究者を取材するメディアをやっています。これまで150人の研究者を取材し、彼らがどんなテーマをもっているか聞いてきました。例えば隕石学の研究者が隕石の形成過程と同じ考え方で体内の尿道結石の研究をしています。それは、宇宙に対するものの見方と人体に対するものの見方に共通項があるという見立てです。目の前にあるものに対して新しい見立てを提供してくれる素材として研究者はいます。
そういった側面で産官学連携を考えると、技術開発のためというより普段触れない情報に触れることで生まれる創造サイクルを獲得することに価値があります。研究者と触れ合い、新たなものの見方を知ることは世界観を広げてくれます。そんな環境を強制的に生み、自分たちの幅を広げることが産官学連携の意義ではないかと思います。
(ゲストスピーカー)
西村勇哉氏 NPO法人ミラツク 代表理事/株式会社エッセンス代表取締役
1981年大阪府池田市生まれ。大阪大学大学院にて人間科学の修士を取得。人材開発ベンチャー企業、公益財団法人日本生産性本部を経て、2011年にNPO法人ミラツクを設立。セクター、職種、領域を超えたイノベーションプラットフォームの構築と、大手企業の新領域事業開発支援?研究開発プロジェクト立ち上げの支援、未来構想の設計、未来潮流の探索などに取り組む。2021年に株式会社エッセンスを設立。先端研究者メディア「esse-sense」をリリース。2023年9月に、研究者への継続的な資金提供の社会システムサービス「月額パトロンサービスesse-sense」をリリース。知のアクセスを実現する「Knowledge Tech」企業として研究知と社会の接続に取り組む。滋賀県大津市在住、3児の父。大阪大学社会ソリューションイニシアティブ招へい教授、大阪大学人間科学研究科後期博士課程(人類学)在籍。